about
久遠寺のご紹介
・ 久遠寺の歴史
・ アクセス
outline
寺院概要
正式名称
臨海山 宝珠院 久遠寺
宗派
天台宗
御本尊
阿弥陀如来
住職
第46世 関根一久
1940年生まれ。
学習院大学政経学部卒業。
川崎信用金庫勤務の傍ら、師僧の父(関根大仙)他界後、昭和50年1月より当山、第46世住職として現在に至る。
趣味 スポーツ観戦・音楽鑑賞。
日本天台宗の開祖 最澄の教えである「一隅を照らすこれ則ち国宝なり」を目標に日々精進しております。
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history
歴史
天正3年(1575年)
創建
権大僧都 什心にて開基。
昭和20年4月15日(1945年)
大空襲により本堂及び庫裡が全焼。
昭和35年(1960年)
現在の本堂を新築。
昭和49年(1974年)
第45代住職 大僧正 関根大仙 逝去。
昭和50年(1975年)
第46世住職 権大僧正 関根一久 就任。
現在に至る。
※戦時中の大空襲により本堂が消失した際、代々受け継がれて来た過去帳も消失。第45代住職の大仙により、墓石や檀家その他資料を元に長い時間を掛けて一部回復した。創建以降の詳しい過去帳については詳細が不明な為、現在も調査中。
現在の本堂について
戦時中の大空襲により焼失した本堂の建て替えに奔走した、第45代住職大僧正関根大仙が、当時のビルマを訪問した際に礼拝した寺院の造形が気に入り、建て替えの際にそのデザイン及び構造を取り入れたと聞き及んでおります。当時はまだ、どの寺院も畳敷きの床に正座のスタイルが多く見受けられる時代の中、大仙大僧正は今では普通となった、椅子に座って法要等の式を執り行うスタイルをいち早く取り入れたそうです。また、落成式の際、当時の横綱、初代若乃花が奉納土俵入りを披露した事でも、当時は話題を集めたそうです。
そんな本堂も築70年近くなり老朽化が激しかった為、現住職権大僧正一久が私費を投じて、屋上防水及び外壁塗装工事を含め、室内の改修工事を行いました。建築当時の面影はそのままにし、内装色を明るくした事で、堂内は明るく優しい光が入る心地よい空間となりました。
access
アクセス
JR川崎駅、京急線京急川崎駅から徒歩数分でアクセスしていただけます。
京急線 |
京急川崎駅 中央口 徒歩約8分
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JR |
川崎駅 中央東口/北口東 徒歩約11分
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